自己主張ができない

なぜ周りは自分を出せるのだろう?

前回、「軽く見られる」という悩みについてお話ししました。

軽く見られる人の中には「自己主張が苦手」になってしまった人がいます。

昔から自己主張をしようとすると誰かに粗探しをされたり、何かと理由をつけて否定される。

それも一度ではなくどこへ行ってもそうなってしまう。

「出る杭は打たれる」と言うように、日に日に見える杭は短くなっていく。

それ故に自己主張ができなくなっていった…。

小さい頃にこのような状況になると、大人になっても中々抜け出せません。

自己主張ができるようになりたい…。

自己主張ができるようになれば、人生が楽になるのに。

そういう思いを握りしめている人は少なくありません。

自己主張できない理由

よく世間ではこういう悩みに対して、言葉を返すように

「自信を持とう!」

「自己主張をしよう!」

と、過程を飛ばした対処法がなされます。

あまりそのノウハウについては語られることがありません。

なぜかといえばその人たちは

自己主張を許されてきた経験がほとんどであるため、自己主張のやり方を自然と身につけることが出来たからです。

しかし、軽く見られる人は最初に述べた通り許されてきませんでした。

なので、

「自己主張しないから軽く見られるんだ!明日からでも自己主張しろ!」

と言われたところで、やり方が分からないのです。

また、「ありのままの自分でいいのか?」のコラムでお話しした通り、人は誰しも「ありのまま」が許されるとは限りません。

その「ありのまま」自己主張して他人から責められるかもしれない。

その「ありのまま」を自己主張して、それをバカにされたり笑い者にされたりするかもしれない。

また、「ありのまま」で相手に迷惑をかけてしまうかもしれない。

このように本人に事情があって出来ない人がいます。

しかし、世間のほとんどの人はそれを見ようとしないのが現状です。

自己主張できないのはその人が全部悪い・弱いと本気でそう思っている人もいます。

そのため、自己主張ができないと理由なく自分を責めてしまうのです。

自己主張をする必要はあるのか

そもそも、なぜ人は「自己主張」をしたいのでしょうか?

「主張」という言葉の通り、

「何か達成したい物事に対して対立した意見を持つ相手に訴えたいから」

というのが1つです。

そしてもう1つは

「自分のことを知ってもらいたいから」

といい、承認欲求と絡めた話がされます。

確かに、これらの理由は事実です。

しかし、見下される人は

自己主張したいかどうかに関わらず

「自己主張でもしないと誰かに何か言われる」

恐怖が大きいからというのが、自己主張をしたいと思う理由が多いのではないでしょうか。

上述した

「自己主張しないから軽く見られるんだ!」

と既に分かりきっていることを指摘してくる人もそうです。

言い寄られている場面で言い返せないとイライラされながら

「あんた言い返さないの?」

と言われてきたりもした。

だから、集団に属した時点で自己主張しなければという不安に襲われてしまうのです。

「どっちがマシか」を選ぶ。

上述したことをまとめれば「軽く見られる」人は、

自己主張しようものならバカにされ、自己主張しなければ咎められる

ということになります。

八方塞がりというわけですね。

確かに、自分の意見を言わなければ集団からバカにされてしまう傾向は残念ながらあります。

なので

「自己主張しないで嫌われるか、して嫌われるか」どっちがマシかを考える必要があります。

そしてその選択に沿って生きていくことです。

これは

「どうせ嫌われるんだから好きなようにやろうぜ!」

という軽い励ましではありません。

「仕方ないよな…」と諦める勇気です。

といっても、諦めてただ終わりというわけではありません。

自己主張を諦める勇気を持つことで、失わないものがあります。

それは、

自分のエネルギー

です。

と言ってもスピリチュアルな意味ではなく、要は

「体力」「活力」

のようなものです。

他人と話すにはエネルギーがいります。

特に自己主張をしたり、他人と関わるのに勇気の必要な人は多くのエネルギーがいります。

その上、結局嫌われてしまうのであれば、使ったエネルギーに対する対価は低い。

ちょっともったいないですよね。

だから、自己主張は最低限にする努力をする。

「多少嫌われても仕方ないな…」と諦めていく。

その分、使わなかったエネルギーを自分を磨くための活力に充てていく。

自分が大切にしたい人やものだけに活力を注ぐ。

そうすることで、他人に軽く見られていても、自分の人生を「軽い」と断じることは少なくなってくるのです。

自己主張ができないなら