自信のつけ方

前回は見下される人がしていた「自信」に対する誤解と、自信を育てるために必要な2つのことをご紹介しました。

自信が本来どういうものであるか、そして自信を育てるために必要な2つの要素がわかっていただけたかと思います。

自信を育てるなんて無理…

という方もおられると思います。

この記事では、「見下される人」が自信を育てていく方法を紹介していきます。

「自信の土台」は既にある

前回の記事で

見下され続けた人には自信を育てる余裕もなく、土台がない

というお話をさせていただいたと思います。

しかし、実を言うとあなたの「自信」の土台はすでにあるのです。

それは

「今まであなたが見下されてきた経験」

です。

「いや、さすがにそんなわけないだろ…」

と思われたかもしれません。

無理もありませんよね。

でも「見下された経験」こそがあなたの自信の源になると心の底から理解した時、あなたの自分自身の人生に対する見方がガラリと変わります。

「見下されてきた人生」の本当の価値

自信を育てる時に、「見下された経験」を自信の土台にできる理由。

それは、あなたが

見下されてきたからこそ「強い」

からです。

無理のない範囲で「見下された経験」を思い出してみてください。

自分を全否定された。

都合よくイライラをぶつけられた。

成人しているのに子供扱いされた

皆と同じ普通の反応をしただけなのに笑われた。

そして今、あなたは何をしていますか?

このような記事を読んで自分を少しでも変えようと努力しています。

あれだけ理不尽に他人に見下されたのに、諦めずに変えようとしています。

常に見下されるかどうかの「戦場」を今日まで傷だらけで生き抜いてきました。

そして今、あなたの心は傷だらけなのにも関わらず周囲の人と同じように学校や職場へ行っています。

そうでなくても、今日という日を必死に生きています。

毎日毎日、見下されている自分と戦っているのです。

それって、よく考えるとすごいことではないでしょうか。

これは「あなたが見下す人なんかよりあなたのほうが強い!」と言いたいわけではありません。

見下す人というのは、それなりに容姿や資産・人間関係や能力など、

あなたより優れている(と思っている)部分もあるから見下す人がほとんどですよね。

だから、その人より「弱い」部分は確かにあるのかもしれません。

ここでいいたい「強い」というのは「相対価値」ではなく「絶対価値」

あなたが今まで見下されて、今日まで戦ってきたという人生。

これは誰かと比較して「強い」のではなく、その苦しみを抱えてきて生きてきたという事実だけで充分「強い」ということです。

他の人がどれだけあなたをバカにしても

哀れな人生・悲しい人生と思われても

あなただけはあなたの人生を認めてあげてもよいのではないでしょうか。

そして、そんな強いあなたの人生は、必ず自信を育てるための「土台」となってくれるのです。

思い込むのではなくゆっくり気づく

今の話を聞いて

「見下されてきた人生が情けないとしか思えないんだけど… 自分は「強い」って思い込めばいいの?」

と疑問を持ったかもしれません。

もちろん無理に思い込む必要はありません。

実際、見下されるとすごく悔しいですよね。

その悔しさは、傷ついたあなたを守ろうとしてくれる大事な感情です。

その「悔しい」「悲しい」「腹が立つ」という感情を無理に変える必要はありません。

それらの感情を消してしまおうとすることは自分の弱さを認めないということ。

それでは自分の負の部分を認めずあなたを見下してきた人と変わりません。

でも、その「悔しさ」があるからといってあなたが「強い」という事実が成り立たないわけではありません。

あなたの「強さ」と「弱さ」は両立できるものなのです。

そして、今まであなたは自分の「弱さ」を散々自覚してきたのではないでしょうか。

だから、それはそのままに今度は「強さ」に時間をかけて気づいていくことです。

「強さ」を証明する数学者になろう

「強さ」に時間をかけて気づいていくには

あなたがあなた自身の「強さ」を時間をかけて証明していくことです。

数学者は、数学の未解決の問題を長い時間かけて証明しようとしていますよね。

そのためには仮説を立て、その仮説を証明するための証拠を集めます。

それと同じで、「あなたは強い」という仮説を立て、その証拠である「見下されてきた人生」を振り返ることです。

例えば、見下されたことを思い出した時

「確かにあの時、職場で言い返せなかったのは悔しかったな…」

と「悔しい」感情を認めながら

「でも、自分よくがんばったよな…」

「言い返せず耐えるしかなかったけど、ここまで何十年も生き抜いてきたんだな。」

「ということは自分って、強いのかもしれない」

「よく考えたら学生のあの時も耐えてきたじゃん」

「じゃああの時も、この時も…。自分って強いじゃん…」

「自分って弱いけど強くもあるじゃん」

と頭の中で論理を組み立てる。

これを実践することで、自分の見下された経験がどんどん自分の「強さ」の証となっていくのです。

自分の強さの証となっていくということは、それが自分の自信になっていくということです。

これが「見下される人」流の自信の育て方です。

この自信は、自分の本質にあった明確なエビデンスに基づいた本物の「自信」です。

それは見下すだけの人には決して真似できない、自分だけの大事な「力」なのです。

「見下される人」流の自信を育てる方法