いじられるのが嬉しいのに辛い

いじられたいのにいじられたくない

「いじられキャラ」に対する思いは主に2つあります。

1つは、当サイトでもお話ししている

いじられキャラから「抜け出したい」人

もう1つは

いじられキャラに「なりたい」人

です。

一刻も早く「抜け出したい」人からすると、理解し難い気持ちかもしれません。

しかし、中にはこの2つの感情を両方持っている人がいます。

といっても、既に「いじられキャラ」にはなっているので、「なりたい」というよりかは

「いじられキャラのままでいたい」気持ちと「抜け出したい」という気持ちを持っています。

それはつまり

「いじられるのが嬉しい」のに

「いじられるのが辛い」

ということ。

この両極に挟まれて悩んでいる方も多いのではないでしょうか?

この記事では、その悩みにどうやって対処をしていけばよいのかをご紹介します。

なぜいじられるのが嬉しいのか?

そもそも、なぜ「いじられる」と嬉しくなるのでしょうか?

それは、構ってもらえるため孤独を感じることが少なくなるからです。

特に学校では、クラスメイトにいじられることで1人でいることが少なくなります。

皆の注目の的になりますし、ムードメーカーににもなります。

それは承認欲求も満たされますし、孤独に悩むこともない。

また、孤独にならなければいじめられたりすることも少なくなります。

これは、一見ただの「構ってちゃん」に見えますが、生存競争を切り抜ける1つの行動なのです。

いじりはすぐに消えるスポットライト

しかし「孤独を感じることは少なくなる」という観点からして「いじられる」ことはあまりコスパのよい方法ではないのです。

それは、誰もが「いじられキャラ」のことを常に注目してくれるわけではないからです。

強い好意を寄せている訳でもない人のことを毎分毎秒、常に考えているというのは考えづらい話ですよね。

一躍人気になったお笑い芸人だって、その後ウケずにテレビから姿を消してしまえば数ヶ月後には

「今何してるんだろう」

「どうなったんだろう」

と思われるのが普通です。

つまり、いじられることで孤独を感じないためには、常にそのスポットライトに当たり続けなければなりません。

それはつまり「 セルフいじられキャラ」になるということ。

更には、周りも「いじられる」人のことをずっと構ってられるわけではありません。

そういう点から、「いじられる」というのは孤独の払拭においてはあまり効果の高い対処法ではないのです。

「嬉しい」感情を疑う

ここまで読んで

「確かにいじられて辛い時もあるけど、嬉しいんだからこのままでいいじゃないか」

と思うのであればそのままでも構わないと思います。

しかし、もし「いじられキャラ」を抜け出す一歩を踏み出したいのであれば。

ぜひこの質問を自分にしてみてください。

その「嬉しい」という感情は純粋な嬉しさなのでしょうか?

それは「孤独の不安」が払拭されたために起きた安堵の感情ではないでしょうか?

あなたはこれから何十年も生きるにあたり、その感情を味わうためだけに生きていたいのでしょうか?

もし「いじられたい」動機が上述した「孤独を感じたくない」のであれば、対処法は「いじられる」だけではありません。

その時、あなたはいじられようと努力していた分の時間が自由の時間となります。

あなたはその時間に何を使いたいでしょうか?

例を挙げると、自分の感性を磨いたり思考を深めたり趣味を極めたりすることができます。

そしてそんな時間が積み重なれば、あなたにとってかけがえのないものが手に入ることでしょう。

そして、そのもののために本気で生きようとした時、「いじられる」ことで感じる嬉しさが段々薄っぺらく感じてきます。

しかし、その薄っぺらい嬉しさに取り込まれてしまえば、かけがえのない時間はどんどん失われていってしまいます。

あなたはそれでも、今の「いじられキャラ」のままでいたいですか?

いじられるのが嬉しいのに辛い